今日は四月一日。エイプリルフール。そう、四月バカ。
 この日の午前中は軽いいたずらで嘘を吐いたり、人を担いだりしても咎められない、という風習だ。十八世紀頃から西洋で起こり、大正頃には日本にも伝わった。毎年、世界各国の新聞に嘘の記事が掲載されたり、TVニュースではジョークが報道されたりしている。
 大都芸能社長付の第一秘書である水城冴子は、先日から上司である速水真澄を少し困らせてやろう、と密かに策を練っていた。
 長年、十一歳も年下の女優である北島マヤに苦しい片想いをしていた真澄を、彼の秘書という立場から好むと好まざるとにかかわらず、彼女は同じように長い時間を傍で見守ってきた。昨年漸く真澄がその想いを実らせた時、自分のことのように心底嬉しく思ったほどだ。
 だからこそ、忙しい時間を割いてお揃いのエプロンをプレゼントしたり、マヤの相談に親身に乗ったり、さらにはふたりの要望による無謀な仕事の調整も快く引き受けてきた。
 が、しかし。最近の真澄はどうだ。
 先月のホワイトデーに水城が画策したことにより、ふたりの仲は世間に知れ渡ることとなった。大都芸能内でもそろそろ勘の良い者などは、真澄とマヤの間に何かあると思い始めていたところだったのだ。このまま隠し続けるのは、後々ふたりにとってマイナスのイメージが付き纏うばかりでなく、もし下手に世間に知られた場合、立場の弱いマヤが矢面に立たされるのは必至であった。
 そこで水城は一計を案じた。
 水城が頼んだカメラマンは実に良い仕事をした。三月中はずっと、そのカメラマンが撮影した真澄とマヤが仲良くデートするツーショット写真が各紙面を賑わしていたほどだ。英介に紹介されたカメラマンだったのであるが、〝週刊セブンジャーナルの松本〟と名乗った男は、その優しげな風貌とは裏腹にかなりの切れ者のようであった。
 たとえマヤとのデート中とはいえ、真澄に全く気付かれることなくこの大仕事をやってのけたのだ。さすが、英介が太鼓判を押しただけのことはある。会長職に就き、一線を退いたとはいえ大都グループ内での英介の影響力はまだまだ強い。鷹宮との破談による提携事業の後始末に追われている真澄は英介と反目し合ったまま、昨年の秋に速水の屋敷を出てから会社近くのマンションで暮らしていた。

 

…to be continued