紫織~新緑が見せた夢

 

 こんな夢を見た。


 月の冴えた夜だった。空は深い藍色に染まり、庭を縁取る新緑が黒いシルエットになって浮かび上がっている。豊かに葉を茂らせた樹々に囲まれた庭で、さまざまな生命が春の歓びを静かに謳っていた。

 ああ、もう春なのね。

 ふと、そんなことを思う。どうやら浅い眠りを繰り返す内に、すっかり目が冴えてしまったらしい。今、何時なんだろう? ベッドの中で数度瞬きを繰り返す。
 耳を澄ますと、謎めいた夜の帳を掻き分けるようにして、ヴァイオリンが奏でる哀調を帯びた韻律が夜気に乗って流れてくる。他に聞こえるのは波の音だけだった。

 グリーンスリーブスだ。

 大好きな曲だった。一体どこから聞こえてくるのだろう。その音色に誘われるように、ベッドを抜け出した。ドアを開けて、目の前にある優美な弧を描く階段を降りていくと、一人の男がホールで待っていた。
 初めて見る顔だったが、何故か、どこか見覚えのあるような、昔から知っているような、そんな不思議な印象を受けた。

 色にたとえるならば、蒼。

 それも、どこまでも冴えた蒼で、見ているだけで体温が二、三度下がっていくような、そんな奇妙な感覚に囚われる。酷く繊細で造作の整った、男性にしては美しすぎる、感情の読めない男の顔を見て、背筋をゾクリとするものが走る。
 ドクリ、ドクリと高鳴る心臓を静めるように、浅く呼吸を繰り返す。汗ばんできた手のひらで拳を握り、視線をそのまま男の顔から逸らすと、男が何か手にしているのが目に入った。

「あなたが弾いていらしたの?」

 男が手にしているものがヴァイオリンであることに気が付いて、思わず口を開いていた。

「ええ」

 その声はやはり、聞いたことのない声だった。あのひとと同じ滑らかで深みのある口調だが、そこに官能的な魅力はない。

「わたくしの好きな曲ですのよ」

 ふっ、と男の表情が緩んだように見える。

「そうですか。それは良かった」
「もっと聴かせて下さる?」
「はい、喜んで」

 その男はまるで実体のない影のように音もなくホールを横切ると、ガラス窓に囲まれた小さなサンルームに出た。

 

…to be continued