大都芸能の鬼の若社長、ハンサムで明晰な頭脳の持ち主、速水真澄は歴史、法律、政治を論じ、世界経済の動きを語ることが出来る。芸能界というひときわ華やかな世界に身を置き、群がる女性たちはあとを絶たないほどだったが、彼自身はそんなことにはどこか無関心ともいえるほどの冷血漢ぶりだった。
速水真澄くらいの魅力と地位があれば、どんな女性だって手に入れることが出来るはずだったから、結婚しないのはおそらく彼自身の意志なのだろう。もっとも、だからといって一部で囁かれていたように女性嫌いなのかというと、そういう訳ではないらしい。
そんな速水が生涯の伴侶に選んだのは、舞台に立つことが何よりも幸せだという女だった。
速水ほどの男なら、どんな名家の令嬢だとしても結婚相手には事欠かなかっただろう。実際、麗も一年前までは彼は鷹宮紫織と結婚するものだと思っていた。それ以前は特定の女性と付き合っていた様子はなかったけれど、マヤに対して―恋愛感情というような―関心を示していたようには見えなかった。
どちらかというと、速水真澄は常にマヤに対して厳しい態度を取っていたはずだ。思い返してみても、麗を始め《つきかげ》の面々も大都芸能には散々嫌な想いをさせられてきた。それは恩師の月影千草と彼の義父である速水英介との古く陰惨な確執が元だったのだろう。ふたりは『紅天女』を間に激しく対立していた。
だが時折、ふと、彼のマヤに対する「やさしさ」のようなものを感じることがあったのだ。マヤはいつもカンカンに怒っていたけれど、麗は何かしら引っ掛かるものを感じていた。彼の厳しい態度の中に見え隠れする不可思議な感情までは、さすがの麗にも読み取ることは出来なかったのだが。
…to be continued