目の前に突然ニュッと手が現れ、マヤはハッとした。真澄のしなやかな指先が扇情的に自分の眉をなぞって離れていく間、瞬きも息も出来ずにただ黙ってじっと立っていた。
「どうしてそんな顰めっ面をする?」
 いつの間にかソファから立ち上がっていたのだろう。それに、あたしは何で顔を顰めているの?
「顰めっ面?」
 どうしてだろう? 何も分からないし、何も考えられない。彼女は身動ぎもせず、真澄の指が体内に残していった甘くせつない余韻だけを味わっていた。彼は数十センチしか離れていないところに立っている。それなのに、マヤは鳥肌が立つのを感じた。
「そのローブも似合ってるよ」
 彼女の目は真澄に釘付けになっていた。どうしてこんな想いになるのか自分でも不思議だった。黙って彼を見つめ、次に何が起こるのかを息を詰めてただ待ち受けているだけなんて……。
「今日のために用意したのか?」
 真澄の両手がマヤの背中に廻る。まるでスローモーションの映画の一コマを見ているようだ。翳りを帯びた彼の瞳が酷く官能的で、彼女の心臓はそれ自身が別の生き物のように騒いでいた。
「うん」
 片方の手はマヤの頭を支え、もう一方は背筋に沿ってうなじから下へと降りてくる。真澄の愛撫は軽やかだったが、いやが上にも官能を燃え立たせた。彼女は視線を逸らすことも出来ず、次に彼がどこにその愛撫の手を置くのかを待っていた。
「きみはおれをどんな気持ちにさせるのか、知っているのか?」
 声は奇妙なほど低く、くぐもっている。真澄は頭を下げ、マヤの耳の後ろの彼女が最も感じやすい部分にそっと唇を当てた。
「きみは分かっているのか?」
 マヤは何も答えられなかった。自分の意志に反して身体が震え出すと、彼は彼女の心の中を読んだように微笑した。
「昨日の約束を守ってもらうぞ」
 艶を含んだような低い声に身体の芯が熱くなり、不意に臍の下の辺りがキュウウッと小さな悲鳴を上げた。真澄の唇が滑らかな首筋を軽く掠めただけで、熱い鉄の棒で心臓を貫かれたような気分になる。
 彼は唇をそのまま耳朶まで滑らせ、耳朶を噛んだ。伸びきったゴムのようにあらゆる筋肉が溶けていく気がして、ひとりでは立っていられなくなった。頭を反らして小さな吐息を漏らす。真澄の唇が休むことなく頬を愛撫している。彼はマヤをやさしく自分の方に向かせると、頬に掛かった髪を払った。
「今夜は眠らせないからな」
 薄暗い夜の闇の中では真澄の瞳ははっきりとは見えなかったが、彼の気持ちはよく分かった。真澄は腕に力を込め、さらに強くマヤを抱き寄せた。彼の声は掠れていた。速水さんもあたしと同じくらい熱い結びつきを求めているに違いない。このままあたしと一晩中愛し合いたいと思っているに違いない。

 

 

…to be continued