夜の社長室シリーズ
――大っきらい! あなたなんて死んじゃえ!
マヤの声は激しい怒りで文字通り震えていた。
『イサドラ!』の初日。終演後のロビーでマヤを相手に一騒動起こしたあと、真澄は紫織を自宅に送り届けると、家には帰らず大都芸能に戻った。
とにかく一人になりたかった。一人になれる場所が欲しかった。
「マヤ…」
自分の心を偽り続けることに疲れたのだろうか? 今日はひどく疲れた。どうしたんだ、こんなに弱気になるなんて。
真澄は首を横に振り、片手で髪を掻き上げた。途端に痛みが全身を走る。そう、痛いのは噛まれた手じゃない、心だった。
「こんなことくらいで、情けないな」
真澄は自分に言い聞かせた。やろうと思えば、おまえには何だって出来る。これくらい、大した事じゃないはずだ。あの子に憎まれることには慣れている。慣れているんだ。今までだって、これからだって……なのにどうして?
紫織が巻いてくれたハンカチを無造作に取り払い、そのまま床に落とした。それから、先ほどマヤが噛み付いた、傷跡の生々しい自分の右手をそっと口元に持っていく。痛みは吸い取られることなく、さらに増したようだ。
マヤに「大嫌い」と言われることには慣れているはずだった。彼女にとって、自分はどこまで行っても"大都芸能の冷血漢"で"母親を殺した男"であるのだから。
過去を想い出すのは辛い。マヤの抱えている問題は、全て彼女の母親の死から始まったのだ。
真澄は暗い社長室のデスクの端に腰を下ろして、ガラス窓越しに都会の淋しげな暗闇を見つめた。
…to be continued