真澄にプロポーズされてから十日あまり、マヤの周囲は急激に慌ただしくなった。ふたりの結婚式は彼女の希望通り、あまり大袈裟にならないように、ふたりのことを心から祝福してくれる人たちだけを集めて、内輪だけで行うことに決まった。
大都芸能の社長と天下の『紅天女』の女優であるふたりの結婚式ともなれば、それ相応の華やかな披露宴を期待する面々は大勢いた。大都芸能としても、自社のビッグイベントとなるであろうこの披露宴を、世間に向けてのピーアールに使いたいという思惑がなかったと言ったら嘘になる。
無論、「そういう披露宴だったら、やらない方が良い」とマヤが言ったということも大きく影響していたが、真澄自身も自分のプライベートを自社の宣伝に使う気などさらさら無かった。だが、このことを英介にどう告げたものかと、彼はしばらくの間、躊躇っていたのだ。
七夕の夜に「大都芸能社長と紅天女の結婚式ならば、それに相応しいものにしなければならん」と英介が零したように、確かにふたりの披露宴は政界・財界の著名人を集めて大都芸能を売り込む絶好のチャンスであることは否めない。
子どもの頃から〝骨の髄まで冷徹な経営者たれ〟と英介から経営哲学を叩き込まれてきた彼は「企業の経営者として、そのチャンスをみすみす逃す気なのか」と怒鳴られる覚悟を決めてから、漸く英介に会いに行った。
「お義父さん、北島マヤと結婚することになりました」
七夕の翌日、朝食の席に現れたマヤの左手の薬指に小さな宝石が光っているのを見て、いつふたりがこのことを報告してくれるのか……とやきもきしながら待っていた英介は、皺の寄った顔を綻ばせた。真澄とふたりだけの時にこんな顔を見せるなど、つい最近までは考えられなかったことだが。
「そうか、おめでとう。それで、いつ頃になるんだ?」
両手を顎の下で組んだ英介は、車椅子からズイと身を乗り出す。
「そうですね、秋頃には行いたいと考えてはいるんですが、それもマヤの仕事の調整が付き次第でしょうね。ただ、マヤの希望もありましたが、ホテルでの挙式や披露宴は止めようと思ってます。ささやかな、内輪だけでの披露目という方向で考えています」
真澄の話を黙って聞いていた英介は、予想に反して怒鳴りはしなかった。しばらく考え込んでいるように眉間に皺を寄せていたが、突然何かを思い付いたように口を開いた。
「それならば、ここでやればいい」
真澄の顎の筋肉がきりりと動く。人間、考えもしなかったことを耳にすると、思考が固まってしまうのかもしれない。英介の真意を測りかねて、真澄は彼の言葉を繰り返した。
「ここで?」
英介は大きく頷くと、手のひらを広げて窓の向こうに続く広大な庭を示した。
「そうだ。うちの庭を使ってガーデンパーティにすればいい」
これは思いもしなかった展開になった。まさか英介からそんな提案を受けるなど、予想だにしなかった。これでは日頃からご自慢の真澄の分析能力も歯が立たない。
「ガーデンパーティ、ですか?」
呆気にとられた彼は、またもや鸚鵡のように英介の言葉を繰り返す。
「親しい人間だけを集めてやりたいんだろう? どこか別の場所でやればマスコミが嗅ぎ付けて五月蠅くなるだろうが、ここならその心配もない」
英介の言うことはもっともだった。速水邸の庭ならばガーデンパーティには持って来いだし、そう簡単にマスコミが入り込むことも出来ないだろう。真澄がマヤにこのことを告げると、案の定、彼女は「素敵!」と大はしゃぎで飛び跳ねた。
「それで、いつなんですか?」
あの美しい庭でのガーデンパーティと聞いて、嬉しくない女性が存在するのだろうか。御多分に洩れず、マヤもその内のひとりだった。
「……きみはいつ頃がいい?」
英介のこの提案は、電光石火の早業で彼女のハートを鷲掴みにしたようだ。悔しいことではあるが、どうやらマヤのご機嫌を取ることに関しては、彼よりも英介の方が長けているように思える。所謂〝年の功〟というヤツだろうか?
「あたしはいつでも……」
真澄と結婚すると決意したのだから、あとは全て彼に任せようと彼女は思っていた。まぁ、真澄に〝明日〟だなどと言われたら、困ってしまうのだが。
「おれは直ぐにでも結婚したいんだがな。まあ、きみのこの後の舞台を考えると……そうだな、秋だな」
やはり、一歩間違えれば彼は明日にでもそうしかねなかったのだ。さすがにふたりのスケジュールからみても、それは無謀な考えとしか言いようがない。しかし籍を入れるだけなら、今日にでも済ませてしまいたいと真澄は思っているに違いない。
「秋……あっ、じゃあ速水さんの誕生日にやるっていうのはどう?」
腕組みをしてウンウンと考えて込んでいたマヤが、最高のアイディアを思い付いたとでもいうようにパッと瞳を輝かせる。
「おれの誕生日か。―ああ、そうだ知ってたか、マヤ。十一月三日は〝晴れの特異日〟だそうだ」
これまで自分の誕生日を〝特別な日〟だと思ったことは一度もなかったが、彼女と正式に結婚出来る日だとすれば、至上最高の特別な日になることは間違いない。
「〝晴れの特異日〟? ―それって晴れる確率が高い日のことでしょう?」
そんなことくらい自分だって知っていると、マヤは胸を張って得意げに答える。
「そうだよ。暑くもなく、寒くもなく、ガーデンパーティには持って来いだな」
…to be continued