「生まれ変わりって、あると思います?」
次回公演の打ち合わせのために予定通り大都芸能社長室を訪れたマヤは、水城がお茶を置いて立ち去ると開口一番、前置きもなしに真澄に向かってこんなことを問い掛けた。
「生まれ変わり?」
彼女の訪問を待ち構えていた彼はあまりにも唐突なこの問いに一瞬怯んだ様子を見せたが、淡い色の綺麗な弓形の眉を訝しげに片方上げて静かに応えた。
「そう、生まれ変わりです」
いつになく真剣な面持ちで、じっとこちらを凝視しているマヤの手に微かに力が籠もった。ギュッと握り合わされたその小さな白い両手の下には、何かの冊子が見え隠れしている。
【桜……文章】
そこに記されている文字を読み取ろうと、真澄は僅かに眉を寄せて目を凝らす。それからデスクの端に浅く腰掛け、長い脚を持て余しているとでも言うようにぞんざいに投げ出した。
「―『桜姫東文章』を観てきたのか?」
胸ポケットを探りながら煙草を一本取り出し、口にくわえる。大きな黒い瞳にうっすらと涙を浮かべたまま、彼女は彼の言葉に力なくコクリと頷いた。
「はい」
*
桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)―四世・鶴屋南北作の人気狂言。鎌倉・長谷寺の僧である清玄と相承院の稚児・白菊丸は衆道(男色)の関係に陥り、江ノ島児ヶ淵で心中を図るが、清玄は恐れをなし、ひとり死に損なう。
このことにより始まった因果な話。
それから十七年の後、清水寺の高僧となった清玄のもとへ吉田家の姫君・桜姫が出家したいと申し出てくる。姫は生まれた時から左手が開かず、そのことを儚んでいた。また、父と弟を殺害された上、家宝である「都鳥の一巻」を盗まれるという不運に見舞われていた。
その際、姫は強盗に入った釣鐘権助に強姦されて子を産み、しかもその男を忘れられないでいる罪深さから出家しようと寺を訪れたのだった。不憫に思った清玄が念仏を唱えると姫の左手は開き、中から「清玄」と名の入った香箱が出てきた。なんと姫は白菊丸の生まれ変わりだったのだ。
この後、桜姫は清玄、釣鐘権助というふたりの男を巻き込みながら、波瀾万丈な流転の人生を送る。ユニークかつ官能的なロマン、そして退廃的で残酷な美の世界が繰り広げられる。
*
一体、マヤはどういうつもりでこんなことを聞くのだろうか? 真澄は煙草に火を点けると、肺の奥を十分に満たすまで吸い込んでから細く長く煙を吐き出した。ふたりの間をもどかしげに紫煙がゆらりゆらりと大きく揺れる。
「マヤ、きみはどう思うんだ?」
真意を探り合うように、ふたりの視線がぶつかる。次の瞬間、彼女の瞼が重たげに半ば閉じられ、感情を隠した。
「……あると、思います」
一瞬の間の後、確信に満ちた声が返ってくる。ところが、真澄を見上げたマヤの顔は、岩のように固く無表情だった。黒い瞳だけが強い希望を物語っているように見える。
…to be continued