「あ……亜弓さん。こっちよ」
老舗ホテルのラウンジに姿を現した亜弓に、マヤは軽く右手を挙げて応えた。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花―美しく華やかな亜弓にはこの言葉がよく似合う。彼女がいるだけで、照明が上品に絞られている落ち着いたムードのラウンジは、まるでスポットライトが当たったかのように見えた。
世界的にも有名な姫川貢監督と大女優・姫川歌子の娘として子どもの頃から常に注目を浴びてきたのだから、人に見られることには十分過ぎるほど慣れているのであろう。舞台の上での美しさはもちろんのこと、こういった普段の何気ない装いでさえ完璧だった。
きっと、亜弓の中ではもう無意識の仕草なのだ。マヤの姿を窓際に見つけると、ゆったりと優雅に微笑んだ。艶やかな大輪の薔薇のような笑顔だった。周囲からは亜弓のしなやかな身のこなしに合わせて、うっとりと感嘆の溜め息が漏れる。
「お久しぶり。元気だった? 速水さんとは上手くいってるの?」
マヤの向かいの席にフワリと腰を降ろすと、開口一番、亜弓は聞きたくて堪らなかったことを矢継ぎ早に質問した。
「え? あ……あの、ね、え~と、その…………うん」
ボッ、という音が聞こえるのではないかと思うほど一気に頬を赤く染めたマヤは、意味もなく指を組んだり解いたりしながらモジモジと答えた。
「クィーン・メリーをお願い。薄く切ったオレンジを添えてね。それから……」
と、湯気を立てつつ顔を火照らせているマヤの前で厳かな佇まいを見せながら鎮座している芸術的なデコレーションを施されたチョコレートパフェに、亜弓はチラリと視線を走らせた。
「チョコレートパフェを」
オーダーを取るため控えていたウエイターに、亜弓はこれまたとびきりの笑顔を向けた。彼の目がハート型になり、一瞬にして恋に堕ちたのは言うまでもない。罪作りな美女は満足そうに頷いてウエイターを見送ると、マヤに向き直った。
…to be continued