降り続いていた雪が今は細かくなり、積もり始めていた。真澄はトレンチコートの襟を立て、滑りやすくなっている足元に気を付けながら、石畳の広場の裏にある駐車場につながるアーチ形の通路に向かった。
暗い通路を行くと、駐車場にはまだちらほら車が止まっていたが、人影はまるでない。小さな灯りがぽつんぽつんと点いている他は、深い闇が広がっている。
彼は足を止めると肩を竦め、深々と雪が降りしきる空を見上げた。フワリフワリと舞い踊る雪の欠片が、端正な頬を掠めていく。真澄は白い闇の中で歪んだ笑みを浮かべた。
雪――この雪の中で逢いたいのは、一人だけ。
だが、彼女がここにいるはずはない。真澄の心を騒がせるただ一人の少女の後ろ姿が脳裏をよぎったが、胸の奥に鋭い痛みを呼び覚ましただけだった。長い黒髪を靡かせて走り去っていった残像を振り払おうと、彼は小さく頭を振った。
どれくらいの間そうしていたのだろう。身体はすっかり冷えきり、頭や肩にはうっすらと雪が降り積もっていた。手を挙げ、指先で肩の雪を払ったとき、強い視線を感じた。
髪を掻き上げ、降りしきる雪のカーテン越しに見たところ人影はなさそうだが、誰かが待ち伏せ、自分を見ている気がしてならず、知らずにうなじのうぶ毛が逆立った。
溜め息を一つ落とし、家路を辿るために車のキーを取り出そうとコートのポケットを探る。指先が冷たい金属の塊に触れた。顔を上げBMWのドアに手を掛けたとき、視界を白く埋めつくす雪景色の中に鮮やかなピンク色がクッキリと浮かび上がった。
軽い眩暈に襲われ、目を閉じる。心臓がキュッと締めつけられたような気がした。真澄はその場に立ち竦み、ドクンドクンと高まる激しい動悸が苦しくてギュッとキーを握り締めた。
深呼吸を繰り返し、目をしばたたく。そのピンク色が傘だと分かるまで、しばらく時間を要した。ようやく焦点が合うと、傘の中に小粒の赤いイチゴが並んでいるのが見えた。
白い雪とピンク色のイチゴの傘。
目に飛び込んできた光景は過去のある日の記憶を鮮烈に呼び覚まし、鈍い痛みを伴って真澄の表情を強ばらせた。
白い視界の中でピンク色がゆらり、と揺れた。
彼は黒髪に白い雪を纏わせながら振り返るマヤを呆然と見つめた。まるで夢を見ているようだ。彼女は真澄を見つめたまま、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「――速水さん」
「…チビちゃん?」
冷えきった唇を僅かに開くと、空から落ちてきた雪片が舌の上に舞い降り、あっという間に溶けて無くなった。
…to be continued