仕事を終えて自分の部屋に戻ったマヤは、入念に身支度を整えた。取って置きのバスオイルを垂らした湯船に時間を掛けてゆっくりと浸かり、来るべきときに備える。気持ちを奮い立たせるために身体の隅々までお気に入りの香りの良いローションを刷り込むと、仕上げにパウダーを軽く叩く。
 薄いシフォンのキャミソールとお揃いのショーツだけを身に着け、窓辺に置かれた椅子に膝を抱えて座り込む。そのまま頭を巡らせてぼんやりと窓の外を眺めた。真澄を待つときはいつもそうやっていたのだ。視線の先では次第に色濃くなる夕闇の中、大きな銀色の月がゆったりと空を昇っていった。
 静かな夜だった。そっと瞳を閉じ、耳を澄ます。どこからか夜が奏でる音が聞こえてきた―木の葉が触れ合いかさこそ言う音、何かが蠢く音、風と樹のざわめき―ひそやかに夜が訪れて、地上に生きるありとあらゆる創造物が生命を育む音が聞こえてくるのだ。
 月に一度、満月の晩にこの場所で彼と逢うことになっている。どんなに逢いたくても、それ以上は望まない。それ以上は望めない。望んではいけない。何故なら、互いに忙しい身であるという表向きの理由を差し引いたとしても、到底無理な願いだったからだ。
 ふたりの関係をひと言で表すなら、実に単純なものになる。
 世間で言うところの所謂「不倫」というものだ。世俗の垢にまみれきったような関係に陥るとは、自分だって思ってもみなかった。だがしかし、お互いが相手を長い間思っていたということが分かったのが、既に真澄が結婚した後だったのだからしょうがない。

 

…to be continued