月日は瞬く間に流れていく。十一月に入れば、まだまだ先だと思っていた真澄とマヤの結婚式も、もう目の前だ。だが彼らの場合、〝結婚式〟といっても厳粛な雰囲気の中、教会で永遠の誓いを立てたり、有名ホテルの豪華な披露宴会場に大勢の招待客を招いて催されたりする訳ではなかった。
 速水邸の庭にふたりを心から祝福してくれる人たちを集めて、ささやかに開かれることになっている。まあ、〝ささやか〟というのは建前で、英介がかなり力を入れて準備をしていたので、世間一般の結婚式に比べても遜色のない宴になるだろう。それに、一部の例外―御多分に洩れず、それは桜小路に他ならないのだが―がいることにはいるが、概ねふたりに好意的な人たちが出席する。
 本来なら、真澄の仕事上外せない〝社交上の付き合い〟というものがあるのだが、マヤが嫌がることをわざわざ金を掛けて行うこともない。ふたり揃っての挨拶などは、後日また別にパーティを開けばいいのだ。結婚式当日は自分の誕生日でもあることだし、出来る限りビジネスからは遠ざかりたい。こんなことを考える時点で、既に昔の自分とはずいぶん違ってきているな、と苦笑混じりに真澄は思った。
 そんなわけで、このふたりの晴れの日のセレモニーに招待されたのは、《劇団つきかげ》と《一角獣》のメンバー、姫川亜弓親子にハミル(彼はこの日のカメラマンを自ら買って出た)。それから、件の桜小路優も麻生舞と共に招待されていた。
 マヤの芝居関係では他に黒沼龍三を始め、今まで共演したことがある俳優や女優、お世話になったカンパニーのスタッフたち。懐かしいところでは高校生の頃、マヤの一人芝居をサポートしてくれた草木や吉沢も顔を出してくれることになっている。梅の里からは月影千草と源造もやってくる。
 真澄の方は、というと、悲しいことに純粋にビジネスを外した関係での招待者はいない。唯一、どうしても祝って欲しかった親友とは、とうとう連絡が取れなかった。しかし、その代わりといっては何だが、彼には仕事を離れたところでも真澄とマヤのふたりをずっと見守ってきた水城と聖がいた。
 一般的な芸能人の挙式―まして真澄は大手芸能社の社長なのだ―に比べたら、遙かに規模は小さいが、その分、心の通い合ったあたたかい集まりになるだろうことは想像に難くない。
 英介がマヤにウェディングドレスをプレゼントしたため、真澄は彼女のその姿を式の当日まで見ることが出来ない。それもまた楽しみであるといえば楽しみではあるのだが、何となく英介に一歩後れを取った感じがしてならなかった。これから先、マヤと結婚してしまえばライバルもいなくなるだろうと安心していたのも束の間、同じ速水の屋敷の中にとんだ伏兵がいたものだ。
 また、マヤが当日身に着けるヘアオーナメントやブーケ、さらに彼の胸元を飾るブーケトニアなどは紫織が贈ってくれることになっていたので、真澄が式のために準備したものといえば、自分が当日着るモーニングと結婚指輪だけだった。モーニングはマヤのドレスをデザインしたデザイナーに一任し、指輪は忙しい時間を縫って、細くてシンプルなプラチナ製のものを自分で選んだ。
 指輪の裏に刻んだ文字は《from M to M one and only》。お互いが〝唯一無二〟の存在であることを記した。
 結婚に伴っての引っ越し、というほどのものではないが、英介が屋敷の奥まったところにある、陽当たりの良い広めの部屋を新婚のふたりの為に改装してくれたので、大きな家具や衣類以外の細々としたものは帰宅してから少しずつ移していった。たったこれだけで呆気なく彼の準備は終わってしまった。
 式の進行などは堀田や麗が英介と共にアイディアを練っているらしく、ふたりはしょっちゅう速水邸を訪れていた。一体どのような結婚式になるのか……マヤだけでなく、真澄もその日を楽しみにしながら殺人的スケジュールをこなしていた。
 反対に、マヤの方はいろいろと大変だった。真澄と結婚することによって正式に速水の家に入る準備をしなければならなかったのだが、十月はずっと舞台公演が続いていたので何の準備も出来ていない。準備と言えるのは、休演日に英介と一緒に出来上がったばかりのドレスを受け取りに行ったことくらいだろうか?
 そのため、彼女の周囲はここに来てバタバタと慌ただしくなってしまった。元々それほど身の回りの荷物は多くないマヤではあったが、それでも、一年近く一人暮らしをしている内に増えたものもある。結婚式の前日までには速水邸への引っ越しを完了させておく為に、彼女は麗に荷造りを手伝ってもらうことにした。

 

…to be continued